えきたび ~ローカル線を訪ねる鉄道旅~

ローカル線を旅して降りてきた駅についてを書いた紀行ブログです。基本的に写真は添えず、短めな文で綴っていきます。

珠洲駅 (のと鉄道 - 石川県)

 能登半島は広い。広いと言うよりは長いと言った方が良いだろうか。
 早朝に、寝台特急北陸のB寝台のコンパートメントから金沢駅のホームに降り立ち、午前中に輪島に着いて朝市を見て回り、サザエの壺焼きを食べてから、まだそんなに時間が経っていないような気がする。しかし、真夏の太陽は少しずつ夕方の優しい色に変わり始めた。私はようやく蛸島(たこじま)にやってきた。蛸島は「のと鉄道」の終着駅であり、能登半島の北端にもほど近い集落である。
 蛸島に来るまでに車窓でさんざん海岸を眺めてきたが、やはり海が見に行きたくなり、小さなコンクリート駅舎の無人駅から伸びる細い道を歩く。駅のホームは畑に囲まれた牧歌的な駅だったが、駅から海までの道は漁村風景を往く。古めかしく高さのある家が並ぶ蛸島の細道は、かつての繁栄を偲ばせた。

 折り返しの列車に乗った私は珠洲(すず)で降りた。この辺りでは唯一の市制を敷いている町だから、なんとか泊まる所はあるだろう。そんな理由で降りた駅で、無事に旅館の予約を済ませる。
 思いつきで出かけた能登半島の旅の一日が暮れ始めてきた。珠洲でも海岸に向かってみる。代々続いていそうな立派な造りの民家が目立つが、海岸近くにはスーパーが立っていて、よくある地方の町の風景になりかけている。太陽はあっという間に地平線に消えた。
 旅館は珠洲駅からは離れていた。周辺に飲食店らしき建物は見当たらない。女将さんの推薦で近くの飲み屋に行く。
 店内はスナックといった雰囲気で、初老のママが一人で切り盛りしていた。旅館に紹介されて来たと説明し、神奈川県から来たと言うと、ママは「遠路はるばる珠洲へようこそ」と歓迎してくれた。とにかく魚介類が食べたいとリクエストした私の前には、次々と魚や貝が並んでいく。
 私以外にお客さんがいないので、カウンターでママと話に花が咲く。話題の多くは珠洲の話である。夏祭りの日は町が大いに盛り上がること。町ではトライアスロンに力を入れていて大会も開かれ、その日も大いに盛り上がること。ママは楽しそうに語ってくれた。日本のどこに行っても、わが町を愛する人の地元話を聞くのは楽しい。地元愛は慈悲に満ちている。そこに理屈や損得の言葉はいらない。
 ママが作ってくれた珠洲の魚介料理を食べきれなかった私は、タッパーに詰めてもらえないだろうかとお願いした。ママは笑顔で、返却は女将さんにお願いすれば大丈夫だと言ってくれた。

 ひと風呂浴びて部屋に帰り、タッパーを開けた。改めて美味しさに胸が熱くなる。ママは、夏祭りの時の盛り上がりをぜひ見てほしいから、また珠洲に来なさいと言ってくれた。私は心で頷きながら魚介をつまんだ。

(2005年4月 廃止)