えきたび ~ローカル線を訪ねる鉄道旅~

ローカル線を旅して降りてきた駅についてを書いた紀行ブログです。基本的に写真は添えず、短めな文で綴っていきます。

岩泉駅 (岩泉線 - 岩手県)

 山田線の茂市(もいち)駅に着いた。北上山地のほぼ無人地帯の車窓を見てきたあとだけに、駅のまわりに少し集落があるだけでも開けて見える。
 狭い跨線橋を渡り、駅舎のあるホームに出ると白に赤いラインの入った気動車が一両で停まっていた。キハ52という国鉄時代の車両で、山田線の車両より古い。これから乗る岩泉線JR東日本でもっとも乗客の少ない路線である。そんな予備知識で車内に入ってみると、予想より乗客は多かった。20人近くいるだろうか。もっとも、その人たちのほとんどが手にカメラを抱えている。
 夕方の太陽は、高くそびえる山に隠れ、岩泉線の車窓は既に暗闇への入口にさしかかっているような空の色であった。山田線より更に深い谷に入っていった線路は、谷の中腹にゆったりと延びている。駅に着いても周辺の集落の軒は少ない。やがて森の中に吸い込まれていった気動車は、押角という屋根のない小さなホームがあるだけの駅に停まった。辺りは木が鬱蒼と生え、人の気配はない。気動車のエンジン音がやけに響く。

 終点の岩泉駅は一段高い所に線路があり、改札の近くにだけ屋根が架かっている簡素な駅であった。駅舎のようなものはないが、駅前ロータリーが駅の規模に釣り合わないほど広い。ただし停まっているバスもタクシーも居ない。到着客を迎えに来ている自家用車も居ない。
 車内に居た人のほとんどはホーム上で写真を撮っていたが、私は日の暮れてきた岩泉駅前を歩き出した。駅を出てすぐ小川を渡る。周辺は山に囲まれているが、道の方向だけ平地が広がっている。歩いているうちに、すっかり夜になってしまったが、その道の方だけ明るい。私の前には、列車に乗っていたのだろうと思われるおじいさんとお孫さんが手を繋いで歩いている。
 岩泉線にも存在した日常の風景に導かれるように、私は二人の後ろを歩きながら岩泉の町に向かう。やがて街灯に包まれる道になり、建物が道の両脇に並び始めた。

 駅に戻ってきたが、折り返しの発車時間まで少しあるので駅をもう少し眺めてみた。11月の夜の風が冷気を乗せて吹いてくる。ホームの下、つまりロータリーの前に待合室がある事に気づいた。仲は結構広く、20人くらいは余裕で待機出来そうである。この待合室は鉄道のものではなく、路線バスの待合室であるようで、室内に掲げられている案内板は路線バスのものだった。
 ベンチの並ぶスペースの真ん中にストーブが置かれ、バスを待つおばあさんが一人座っていた。私も列車の発車時間まで、物音のしないこの場所で過ごした。

(2014年4月 廃止)